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2019年11月

I.M.F. 国際通貨「飢饉」

201911271700.jpg日本は2050年までに消費税20%にしなさい!

ですって・・・

「オーケー、ブーマー」(笑)

I.M.F.国際通貨「飢饉」のクリスタリナ・ゲオルギエバおば様の御提案です。

ありがとうございます。お言葉、たしかに、ありがたく頂戴しておきます。

ブルガリア出身のゲオルギエバおば様は前任のクリスティーヌ・ラガルドさんの後任としてこの10月に就任されました。イメージ的には「前任」より「善人」に見えますが、小生の目は節穴ではありませぬぞ(笑) やらせはせん! やらせはせん!

2019112717045.jpgここ日本には「二人羽織」という古典芸能がありますが、この度の「来日アトラクション」、もろにそれですね。確かに客席から見えるのはあなたですが、羽織の中に隠れているのは上のオジサンでしょう。知らない人以外みんな知ってますよ~。

オジサンの名前は古澤満宏さんです。東大法学部卒の元財務省官僚、現在米国ワシントンD.C.のI.M.F.に出向、副専務理事の任に在る方ですね。日本国内では怖くて言えないので(刺されて死んじゃう~)、太平洋を隔てておば様に囁かせたのですね。

おば様もおば様です。そこはキチンと「そんなに消費税上げたいなら、あんたが自分で言いなさいよ!」と言わなけりゃ、ねー。

就任したてでもあり、今回だけは先輩格オジサンの頼みを聞いてあげたのでしょうが、10%に上げたばかりのこの時期に、このステートメントはさすがに時期が悪うございましたね。

ご苦労様でした。

だって、消費税20%と云うことは1億円のマンション買ったら2千万円の税金ですもんね(笑)

焼き場に立つ少年

2019112502619.jpgアメリカ従軍カメラマン  ジョー・オダネル撮影 「焼き場に立つ少年」 (1945年8月・長崎の爆心地にて) 

昨日24日、ローマ・カトリック教会フランシスコ教皇(Pope Franci)来日。爆心地長崎・広島を訪問し核廃絶を訴える・・。

原爆投下の印象は多くの場合「広島」の地名が先に上がるが、教皇がまず長崎を訪れたのには訳がある。

それがこの写真「焼き場に立つ少年」だ。

この一枚の写真から、教皇は「人間」と云うものの残虐さ、不条理さ、弱さ、そして強さを感得されたのだろう。彼は神父になったばかりの若き日、既に「最初の海外任地は被爆地の教会を」と希望していたが、願いが叶うまでに数十年の歳月が必要だったと云うことか。しかしながら、このことを知る者はあまり多くない。ことさら左様に、彼はこの一枚の写真を、そしてその意味を今日まで大切にしてきた。

小生、この少年の姿に静かな感動すら覚えた。「ああ、日本人らしいなあ」と・・・。少年の背にはすでに息を引き取った幼い妹。一人ということは既に両親も亡くなっているのだろう。彼の目には、悔しさと共に武士のような潔さも在る。彼はまさにこの大和の大地に誕生した「日本の子供」そのものだった。

少年が噛み締めた口唇からは、血がにじんでいた。ほんとうはどれほど心細かったか、泣き叫びたかったか。でも、少年はこの現実の前に直立不動で立った。

ジョー・オダネルは、亡くなった幼い妹の遺体を背負いながら気高い品格をそなえた裸足の少年に対し、良い歳をした自分が最後まで声すら掛けることが出来なかったと回想している。当時日本人は、幼い子供でも威厳を有していた。

デラシネ愚連隊

川崎市がついに悲鳴!というんだが、これ「不交付団体」に指定されてしまったすべての自治体共通の事件であるな。

本来納税とは、自身が居住する地域の行政サービスを享受するため、またそれを維持するための対価でなければならないわけだ。一説には2006年頃に福井県知事の西川一誠が提案者と云うことになっているが、当時は(まぁいまも)納税ではなくあくまでも「ふるさと寄付金」というスタンスだった。その後寄付金の激しい争奪戦の中から次第に「返礼品合戦」へと発展してしまったわけね。おまけに居住地に収める本来の税金も控除されるとあって。まぁ人間の射幸心や我欲を巧みに突いた新種のビジネスモデルといったところ。でもね、帝王学にもある「原理原則」から見れば明らかにオカシイのよコレ。日々上下水道を使い、風呂に入り、トイレを使い、信号・歩道が整備された道を歩き、有事には警察・消防・救急も利用しながら、その利用料を払おうとしないんだから・・・。 そりゃ、川崎市に限らず悲鳴上げるわな

で、考えたんだが、解決策としてこんなのどうかな?

寄付等による控除は一切認めず、居住する自治体には累進課税制に基ずく法定税額を満額納付。それでも尚余力のある町の名士は希望地域に「寄付」をし、受け取りたい人は好みの返礼品を受け取る・・・。 これ名案だと思うんだけど、どう? これなら所得に余裕のある人がパガーニやベントレー乗ってるのと一緒で、誰もが納得! だって「寄付=慈善活動」なんだもん。

そしてなにより、自治体としては日々の行政サービスに一切の支障が出なくなると思うんだけど。こんな制度なら大歓迎です、よね・・・

強者共倒れ後の「弱者ばかりの新しい社会」

201911701235.jpgまあ何といいますか、1985年のプラザ合意以降の日本国は、人心乱れ「夏草や兵どもが夢の跡」・・・ そんな風景が広がっているようにもみえますね。

ミルトン・フリードマンが唱えた新自由主義(実態は単なる強欲資本主義)なる信仰を崇めた末路がいまの日本の現状です。周囲を見れば分かるとおり、全てを寄進させられ貧しくなったのは「敬虔な信者」のみであり、教祖とその取り巻きはわが世の春を謳歌した。いや、いまもしているか・・・

第一、お館様(笑)がいまだに「こんなレベル」ですもんね。恥ずかしい、あー恥ずかしい、恥ずかしい(by ネットゲリラ)

さて、きょう「tokaiama」さん宅で「民主主義の国フィンランドで起きていたこと」と云う記事に目が留まったのでご紹介。優生思想に基ずく人間の仕分け作業、その後に始まる強者の論理による弱者の排除・・・。

そろそろ日本人が日本を再興するべき時節となったのではないのかな。クールジャパンとかじゃなく(笑)

アトランティスの科学も素晴らしかったがそれだけじゃダメ! ムー、レムリアの精神性が伴わなくちゃね!

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