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感 動

焼き場に立つ少年

2019112502619.jpgアメリカ従軍カメラマン  ジョー・オダネル撮影 「焼き場に立つ少年」 (1945年8月・長崎の爆心地にて) 

昨日24日、ローマ・カトリック教会フランシスコ教皇(Pope Franci)来日。爆心地長崎・広島を訪問し核廃絶を訴える・・。

原爆投下の印象は多くの場合「広島」の地名が先に上がるが、教皇がまず長崎を訪れたのには訳がある。

それがこの写真「焼き場に立つ少年」だ。

この一枚の写真から、教皇は「人間」と云うものの残虐さ、不条理さ、弱さ、そして強さを感得されたのだろう。彼は神父になったばかりの若き日、既に「最初の海外任地は被爆地の教会を」と希望していたが、願いが叶うまでに数十年の歳月が必要だったと云うことか。しかしながら、このことを知る者はあまり多くない。ことさら左様に、彼はこの一枚の写真を、そしてその意味を今日まで大切にしてきた。

小生、この少年の姿に静かな感動すら覚えた。「ああ、日本人らしいなあ」と・・・。少年の背にはすでに息を引き取った幼い妹。一人ということは既に両親も亡くなっているのだろう。彼の目には、悔しさと共に武士のような潔さも在る。彼はまさにこの大和の大地に誕生した「日本の子供」そのものだった。

少年が噛み締めた口唇からは、血がにじんでいた。ほんとうはどれほど心細かったか、泣き叫びたかったか。でも、少年はこの現実の前に直立不動で立った。

ジョー・オダネルは、亡くなった幼い妹の遺体を背負いながら気高い品格をそなえた裸足の少年に対し、良い歳をした自分が最後まで声すら掛けることが出来なかったと回想している。当時日本人は、幼い子供でも威厳を有していた。

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