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感 動

今なお心に響く三島由紀夫の言葉

202051702219.jpg「胃痛のときにはじめて胃の存在が意識されると同様に、政治なんてものは、立派に動いていれば、存在を意識されるはずのものではなく、まして食卓の話題なんかになるべきものではない。政治家がちゃんと政治をしていれば、カジ屋はちゃんとカジ屋の仕事に専念していられるのである。現在、政治は民衆の胃痛になり、民衆の皮膚はアレルギーの症状を示し、異常に敏感なその皮膚は、何事もまず皮膚で感受しようとする。こういう状態こそ政治的危機である」

「一つの政治的意見」 「毎日新聞」1960年6月25日

ワンダー 君は太陽

202041021313.jpg強くなければ生きられない 優しくなければ生きる資格がない・・・

If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.

米国の作家レイモンド・チャンドラーの有名な言葉です。

誰もが、生まれてこの方多くの人を傷つけ、また多くの人に傷つけられながら生きてきたはずです。しかしながら人とは都合の良いもので、傷つけられた記憶は鮮明ながら、他者を傷つけた記憶は時間と共に薄らいでゆくものです。それが意図的なものであったにせよ、不可抗力によるものであったにせよ・・・。

ましてや組織や団体、ある種のグループに属していればなおさらで、自己を封印し組織の決定に従わなければならないでしょう。私はここでそのことの是非を問うているのではないのです。もうすぐそこまでやって来ている新しい時代では、何が正しいことなのか、何が間違っていることなのかを、人々が見極め仕分けしてゆかなければならなくなるからです。何に対して、または何から見て間違っているのか正しいのか・・・。テレビでやっていたから、新聞に書いてあったから、みんながそう言っていたから・・・。昭和・平成の時代まで使うことのできたこの方程式はもう使うことが出来ません。周囲に合わせ、馬を鹿と言えばよかった時代は終わったのです。

強くなければ生きられない 優しくなければ生きる資格がない・・・。

そうです、何も言わずとも常に自分と共に在る内在神(良心)にたいし、誠実に生きることが出来るかどうかが問われる新しい時代の幕開けです。

「僕は普通の10歳の子じゃない」--オギーは遺伝子の疾患で、人とは異なる顔で生まれてきた。27回の顔の手術のせいで自宅学習を続けてきたオギーだが、両親は息子を外の世界へ送り出そうと決意する。だが、5年生で入学した学校で、オギーはいじめや裏切りなど初めての困難と出会う。幾度もくじけそうになりながら、家族の愛を勇気に変えて立ち向かうオギーの姿に、周囲の人々が変わり始める。そして忘れられない1年を締めくくる修了式の日に、最大の出来事が待ち受けていた──ワンダー 君は太陽(字幕版)

焼き場に立つ少年

2019112502619.jpgアメリカ従軍カメラマン  ジョー・オダネル撮影 「焼き場に立つ少年」 (1945年8月・長崎の爆心地にて) 

昨日24日、ローマ・カトリック教会フランシスコ教皇(Pope Franci)来日。爆心地長崎・広島を訪問し核廃絶を訴える・・。

原爆投下の印象は多くの場合「広島」の地名が先に上がるが、教皇がまず長崎を訪れたのには訳がある。

それがこの写真「焼き場に立つ少年」だ。

この一枚の写真から、教皇は「人間」と云うものの残虐さ、不条理さ、弱さ、そして強さを感得されたのだろう。彼は神父になったばかりの若き日、既に「最初の海外任地は被爆地の教会を」と希望していたが、願いが叶うまでに数十年の歳月が必要だったと云うことか。しかしながら、このことを知る者はあまり多くない。ことさら左様に、彼はこの一枚の写真を、そしてその意味を今日まで大切にしてきた。

小生、この少年の姿に静かな感動すら覚えた。「ああ、日本人らしいなあ」と・・・。少年の背にはすでに息を引き取った幼い妹。一人ということは既に両親も亡くなっているのだろう。彼の目には、悔しさと共に武士のような潔さも在る。彼はまさにこの大和の大地に誕生した「日本の子供」そのものだった。

少年が噛み締めた口唇からは、血がにじんでいた。ほんとうはどれほど心細かったか、泣き叫びたかったか。でも、少年はこの現実の前に直立不動で立った。

ジョー・オダネルは、亡くなった幼い妹の遺体を背負いながら気高い品格をそなえた裸足の少年に対し、良い歳をした自分が最後まで声すら掛けることが出来なかったと回想している。当時日本人は、幼い子供でも威厳を有していた。

解る人にのみ解る、あるべき人類の近未来像

2019817155036.jpg安冨歩(やすとみあゆみ)

東京大学東洋文化研究所教授

大阪府出身。京都大学経済学部卒業後、株式会社住友銀行勤務を経て、同大学大学院経済学研究科修士課程修了。京都大学人文科学研究所助手。ロンドン大学政治経済学校(LSE)の森嶋通夫教授の招きで、滞在研究員として渡英。京都大学大学院経済学研究科より博士(経済学)を取得。博士論文を『「満洲国」の金融』として出版し、第40回日経経済図書文化賞を受賞。名古屋大学情報文化学部助教授、東京大学大学院総合文化研究科助教授、情報学環助教授、東洋文化研究所准教授を経て、現職。

1990年代に非線形科学の研究を行い、2000年代にモラル・ハラスメントの概念と出会い、人間の心理を含めた研究に移行。中国古典、音楽、芸術を題材とする。2011年の福島原発事故後、政治研究を開始して「東大話法」の概念を提唱して話題を呼ぶ。2012年より音楽活動を、2015年より絵画を始め二度の個展を開催。2013年頃に女性装に移行、各種メディアに出演。現在は、馬との暮らしを取り戻すことで現代社会の困難を解決する研究に従事。

2018年に東松山市長選に立候補し落選するも、馬に乗って出馬するなど独自の思想に基づく選挙戦を展開し、対立候補の応援に来た竹下亘・自民党総務会長から、「今回の選挙は非常に難しいというか、今までの市長選挙ではない。何というか違う選挙になっている。よく分からない人が対抗馬として出ておりまして、自民党本部でもどうなっているんだろう?という不思議な思いを持っている」とコメントを受ける。

2019年7月、参院選挙立候補

彼らは「心ある官僚集団」では?

201971622952.jpg政策立案専門家集団を官僚機構と呼ぶ。彼らは誰よりも己が任された分野に精通している真のプロフェッショナルたちであるが、彼らをエリートと呼ぶか否かはこの際どうでもよい。これは日本に限らず世界196か国すべての国家に於いて同義。オーケストラに例えるなら各パートを受け持つ奏者であり、総理や大統領は指揮者に過ぎない。もちろんカラヤン、小澤征爾に見るように、指揮者の感性如何で作品の色艶は変わるが、実際の音色を奏でるのは各自の専門パートを受け持つ奏者たちである。

さて、さきに官僚と官僚機構を「その道の専門家集団」と表現したが、2030年まで続く12年間の大峠の入り口に立った2019年の日本に、「神一厘の法則」の発露を予感させる現象が起きているようだ。

どの「楽団」を指すかはここでは差し控えるが(笑)、ここの指揮者の熱い思いもさることながら、楽団員各自の経歴と各分野に精通したそのスキルが素晴らしい。なによりも、その秀逸なエンジニア的スキルの根底に「愛」と「道徳」が胎動している。枝葉を整えるだけの似非庭師に対し、目に見えぬ根と土壌に思いを馳せる本物の庭師を彷彿とさせる。言い換えるなら、西洋医学的な発想と東洋医学的なそれの違いとでも言えばよいのか・・・。

話し戻って霞が関の上級国家公務員である官僚集団。きっと彼らの中にも「愛」と「道徳」を形にするためにその世界に入った優秀な人々が数多くいるはずだ。いま起きている、そして産声を上げ始めたこの流れに、彼らの中の愛と道徳を捨てきれなかった人々が、合流する日はそう遠くないと感得する。

楽団員:大西つねき 「目からウロコの財政金融基礎知識/2016年10月2日

*紙幣が無理なら「硬貨」を100枚! JFKの轍を踏みませんように・・・

応援演説:島田雅彦(小説家)「もっと怒っていいんです

応援演説:茂木健一郎(脳科学者)「2019年07月12日 品川駅港南口

好きだったなぁ~ R.I.P.

201891715131.jpg死ぬ時くらい好きにさせてよ・・・

9月15日、またひとつ、昭和の灯が消えてしまった。寂しいね。

昨今のデジタル的な時間軸の対極に在るかのような彼女の存在。

すきだったなぁ~

写真は2年前の2016年1月5日の全国紙朝刊などに掲載された見開き全面広告。今思えば、まるで“終活宣言”のようなキャッチコピーであった。

この広告は「終活」が話題になる時代、宝島社が「死について考えることで、いかに生きるかを考えるきっかけになれば」との狙いで制作したことで知られている。小生もあまりのインパクトに、新聞の切り抜きを保存したものだ。

彼女の生死観がそれは素晴らしかった。我もこうありたい。心よりそう思い以下に掲載する。R.I.P.

【人は必ず死ぬというのに。長生きを叶(かな)える技術ばかりが進化して、なんとまあ死ににくい時代になったことでしょう。死を疎むことなく、死を焦ることもなく。ひとつひとつの欲を手放して、身じまいをしていきたいと思うのです。人は死ねば宇宙の塵芥(ちりあくた)。せめて美しく輝く塵になりたい。それが、私の最後の欲なのです。】

キネティック・アート

201882414253.jpgキネティック・アートとは、動く芸術または動いているように見える芸術という意味であるのだな。

小生「カラパイヤ」なるサイトを時折見るのだが、そこにオランダの鬼才、彫刻家であり物理学者でもあるテオ・ヤンセンのキネティック・アート「ストランドビースト」が取り上げられていて、感動!

芸術なるものの定義・分類は多々あれど、微動だにしない壺などを何時間眺めていてもつまらんのだな。なんか、ボケちゃいそうで・・・(←個人の感想です Ha ha ha ha)

やっぱり動いてなくっちゃ! 躍動してなくっちゃ! です。

余談ながら、同じ「ビースト」でもボストンダイナミクス社のアレはダメダメですぅ~ な~んか「NWO」のにおいプンプンですもの(笑)

それはさておき、動力が「風」と云うのも凄いが、いったいどういう仕組みで躍動するのか、興味津々です。究極のフリーエネルギー。関連記事は「こちら」から・・・。その他のキネティック・アート関連動画はこちら「YouTube」

思うに、この惑星ガイアに存在する命のすべて、例えば・・・ 大空に舞う鳥、野に咲く花々や昆虫、大海原を泳ぐ魚に草を食む動物たち、そして我々人類。果ては流れてゆく雲、寄せては返す潮騒も、たぶんそうだろう・・・。

それらすべてが、この星のキネティック・アートそのものではなかろうか? と・・・

無料塾「中野よもぎ塾」とは?

2017815134327.jpg小生の友人に若干21歳の女学生がいる。主観を交えて言うなら、とても可愛いヤツ、です。

彼女は所属するオーケストラでパートをもち、学業以外の時間は練習と合宿に明け暮れている。ある意味、夏休みのあるサラリーマンが羨ましく思えるほどのタイトスケジュール。

そんな彼女、最近ある学習塾の見学に出掛けたらしい。

中野にある無料塾、「中野よもぎ塾」だ。

この塾の主催者である大西氏は、この無料塾を始めた理由を次のように述べている。

「経済的な事情で、塾(家庭教師や通信教育など有料の教育サービス含む)に通っていない中学1~3年生を対象に、無料塾を開催しています。サポーターにとっても、ここがひとつの「学びの場」であればと願っています。教える側・教えられる側という2極の立場が存在するのではなく、オトナも中学生も互いに協力しながら、全員で成長していける場。それが理想です。自分が自分のためにできることは何か、人のためにできることは何か、日々模索しながら、よもぎ塾という場を作り上げていってもらえればと思います。」

失政による経済格差がひろがり、かつては普通に暮らせていた家族が次々に困窮していく・・・。結果、子供たちは良質な教育を受ける機会をも損なってゆく。この負の連鎖が世代を超えて社会の中にある種絶望的なヒエラルキーを形成してゆく。俗に云う「勝者と敗者」、「1%と99%」・・・。

しかしそんな「大人たちの事情」など未来を担う子供たちには何の関係もない!

競技とは、フェアーなルールのもとで行われるべきだ。

顔晴ろう! お客様!w

20177918245.JPGユーロアールの向かいに「森羅万象」と云うお店がある。

我々が住むこの3次元物質世界に在って、稀有とも思える「四次元ショップ」w

取り扱う商品はアパレル系のほかDNA補正や自己免疫力向上に貢献するであろう食品などなど。

その中の一つに活性水素水があるのだが、枠で囲った部分の「キャッチ」に店主の工藤君が「顔晴ろう! お客様!」と入れた。

なんでもユーロアールの過去ブログ、「ガンバレ!ガンバレ!お客様!!」に感動したそうでw

彼流に一ひねりした結果、「ガンバロウ=顔晴ろう」らしい・・・。

まあ何れにしても、「ムー・レムリア・ネットワーク?」が広がるのは、それはそれでよいことだ。パチパチ

あ、そうそう、「四次元」で思い出した!

長崎に「四次元パーラー・あんでるせん」と云うこれまた不思議な喫茶店がある。なんと完全要予約。しかも2か月前までに。マスターが存命のうちに一度は行くべき「心霊スポット?」であるな。自分が誰であるかを知ることになるかもしれない・・・。

21世紀、アトランティス型文明がその終焉を迎え、ムー・レムリア文明がいままさに再興しはじめた予感・・・。

王德順(Wang Deshun)

201721921212.jpg魂は永遠であり、誰もが数千年の旅を続けている。

しかしながら、今この肉体に宿り様々な経験を積むために許された時間は、わずかに100年あまり。

なればこそ、その短い時間を思い切り芸術的に演じ切りたい。いま思いつくすべてを注ぎ込んで・・・。

1936年生まれ、王德順

24歳:劇場俳優

44歳:英語を習い始める

49歳:自分のシアターパントマイム集団設立

50歳:ジムに通い始める(現在も1日3時間のトレーニングを継続)

57歳:ステージに戻りパフォーマンスアートの世界で唯一のフォーム「Living Scrulpture Performance」を確立

70歳:ステージを去りモデル業界に。初のランウェイ、そして現在に至る

鋭い眼光と優しさを湛えた慈悲深いその眼差し。自身の意思を明確に伝える発声、そして力強い手の動き・・・。自己を厳しく律し得た者だけが到達できる境地か。

人は年を重ねるが故に老いるのではなく、何かに挑戦する心を手放した時に老いるのだろう。彼を見ているとそう思わずにはいられない。

英文字幕付きは「こちら

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